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札幌地方裁判所 昭和49年(わ)591号 判決 1975年10月23日

主文

被告人を懲役四月に処する。

この裁判の確定した日から三年間右刑の執行を猶予する。

右猶予の期間中被告人を保護観察に付する。

公訴事実中業務上過失傷害の点については、無罪。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、公安委員会の運転免許を受けず、かつ酒気を帯びアルコールの影響により正常な運転ができないおそれのある状態で、昭和四九年六月一三日午後六時一五分ころ、石狩郡石狩町大字若生町番外地付近道路において、普通貨物自動車を運転したものである。

(証拠の標目)<略>

(法令の適用)

被告人の判示所為中無免許運転の点は道路交通法六四条、一一八条一項一号に、酒酔い運転の点は、同法六五条一項、一七条の二第一号にそれぞれ該当するところ、右は一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段、一〇条により一罪として重い酒酔い運転の罪の刑で処断することとし、所定刑中懲役刑を選択し、その所定刑期の範囲内で被告人を懲役四月に処し、情状により同法二五条一項、二五条の二、一項前段を適用して、この裁判の確定した日から三年間右刑の執行を猶予するとともに右猶予の期間中被告人を保護観察に付することとする(訴訟費用はもつぱら業務上過失傷害の点にのみ関係するものであるから、被告人の負担すべき訴訟費用に該当しない)。

(無罪部分の理由)

本件公訴事実中、業務上過失傷害の訴因は、「被告人は自動車運転の業務に従事するものであるが、昭和四九年六月一三日午後六時一五分ころ、普通貨物自動車を運転し、時速四〇ないし五〇キロメートルで札幌市方面から厚田村方面に向かつて進行し、石狩郡石狩町大字若生町番外地付近の左カーブ道路にさしかかつたが、自動車運転者としては、適宜減速のうえカーブに沿つて道路左側部分を進行すべき業務上の注意義務があるのに、同一速度で進行して前記力ーブで道路右側部分に進出させた過失により、おりから対向してきた山腋好美運転の普通乗用車に自車を衝突させ、よつて同人(当三六年)に加療約二週間を要する左胸部挫傷の傷害を、同車両の同乗者吉田薫(当五二年)に加療約六ケ月間を要する前額部裂創の傷害を、同井筒ハツ(当五八年)に加療二ケ月間を要する両下腿挫傷の傷害をそれぞれ負わせた」というのである。

右公訴事実のうち、被告人が同記載の日時に普通貨物自動車を運転し、時速少くとも四〇粁の速度で札幌方面から厚田方面に向つて進行し、同記載の左カーブを通過した際、折から対向して進行してきた山腋好美運転の普通乗用自動車に衝突し、その結果同記載の三名が受傷したことは証拠上明らかである。そして、右衝突現場の道路の状況、おおよその衝突地点および衝突直後の両車の停止位置などは、司法警察員作成の実況見分調書二通および当裁判所の検証調書並びに証人今村博の公判廷における供述、同人に対する証人尋問調書などにより次のとおりであつたと認められる。

(1)  衝突現場は、公訴事実記載の場所付近に架けられている石狩河口橋の北端部に接続して臨時に設けられた仮橋の道路上であり、右仮橋は全長約一一三メートルで、全体がほぼS字状にカーブするとともに札幌方面(南方)から厚田方面(北方)に向つて下り坂になつていること、仮橋上の道路は西側沿いに幅員一メートルの歩道があり、その東側が車道であり、車道部分の幅員は約七メートルで各片側一車線であること、被告人はこの車道上を札幌方面から厚田方面に向つて進行し、最初の左カーブを通過し、これに続く右カーブにさしかかる直前で対向してきた山腋運転の車両に衝突したこと、衝突地点の位置については後に詳細に考察するとおりであるが、おおよその位置は、司法警察員今村博作成の実況見分調書中の見取図に表示のないし点の付近である。

(2)  衝突直後の両車の停止位置のうち被告人車の停止位置は、同見取図の点であつて、車体左側が道路西側の歩道部分に接近し、車体前部を厚田方面に向けて停止していたこと、衝突の際、被告人車のフロントガラスが破壊し、その破片が車体右前部付近からその右斜め前方の車道中心部までの範囲の路面に、車体付近に量が多く、車道中心付近に量が少い状態で散乱していたこと、山腋運転の車両の停止位置は、司法警察員による実況見分時までの間に他の通行車の運転手らにより移動させられていたため、その正確な位置は確認しがたく、実況見分当時においては被告人車の前方、車道西端寄りに寄せられて停止していたが、当初は右位置より車道東側部分寄りに停止していたようであること、なお司法警察員による実況見分の際、被告人車の斜め右前方で道路中心から若干車道東側部分に入つた位置(見取図でスリップ痕と示した地点)に長さ約一メートルの「へ」の字状の薄いスリップ痕が路面に印象されており、山腋運転の車両の四輪のいずれかにより印象されたものと窺われる状況であつたこと、

以上のとおりの状況であつたことが認められる。

そこで本件衝突が、公訴事実記載のように、被告人車において衝突現場手前の左カーブを進行するに際し適宜減速のうえカーブに沿つて車道左側(西側)部分を進行すべき注意義務を怠り、車道右側部分(東側部分)に自車を進出させて進行したことにより生じたものであるか否かについて検討する。

証人山腋好美の証言によれば、本件衝突直前、同人は普通乗用自動車(ニッサンセドレック)を運転し時速約三〇粁の速度で厚田方面から札幌方面に向つて進行し、衝突現場の手前約二一メートル(見取図点)付近にさしかかつたところ、その前方約六三メートル(見取図①点)付近に被告人車が車道中心部をはみ出し車道右側(東側)部分を時速約六〇粁以上で進行してくるのを発見したので、危険を感じ直ちに急ブレーキをかけたが及ばず、車道東側部分の見取図点付近で被告人車と衝突した。衝突により自車はやや後戻りし進行方向に対して右斜めの向きで車道東側部分を閉塞する形で停止し、被告人車は点から約4.2メートルはなれた見取図点まではねとばされて停止した旨証言しており、証人井筒ハツ(山腋車の同乗者)も、山腋車の速度および車道東側部分を進行していたこと並びに被告人車が車道中心をはみ出して高速で進行してきた点につき、山腋の証言と同趣旨の証言をしているほか、被告人の司法警察員および検察官に対する各供述調書にも、証人山腋の右証言に符節を合わせるように、事故直前、被告人が札幌方面から厚田方面に向つて進行し、衝突現場手前のS字状の最初の左カーブを通過する際、ハンドルを切り損ねて車道右側(東側)部分に進出してしまい、そのまま同部分を進行して見取図点付近で山腋車に衝突した旨の供述記載がある(但し、速度の点については、司法警察員に対する供述調書では時速約六五粁とあるが、検察官に対する供述調書では四〇ないし五〇粁の速度であつた旨の記載になつている)。

また、事故当日、衝突現場につき実況見分をした司法警察員今村博の公判廷における証言、同人に対する証人尋問調書によれば、実況見分の際、立会人である山腋から衝突直後における同人運転の車両の停止位置などについての指示説明をうけた結果、車道東側部分にあつた前記「へ」字状のスリップ痕が山腋車の右前輪によつて印象されたものと判断した旨供述している。

以上の各供述および供述記載によると、本件衝突事故は、公訴事実記載のとおり、被告人において衝突現場手前の左カーブを通過する際、カーブに沿つて車道左側(西側)部分を進行すべきであつたのに、車道右側部分に自車を進出させたため、同部分を対向して進行してきた山腋の車両に衝突したものであり、その衝突地点は見取図点付近であり、衝突後、両車は衝撃により右各供述にあるような位置まで押し戻され又ははねとばされるなどして停止したものと認めてよいように思われる。

しかしながら更に証拠を検討するに、

(a)  証人山腋の証言によれば、前記のとおり同人運転の車両と被告人車との衝突地点が見取図の点付近であるということに関連して、衝突直後における山腋車の停止位置が車道東側部分内であつた旨供述しており、かつ同証人のその旨の指示説明に基づき司法警察員今村博においても実況見分の際、前記「へ」字状のスリップ痕が山腋車の右前輪によつて印象されたものと判断しているのであるが、事故直後に右現場に通りかかつた証人布目正安、同片山和弘の各証言によれば、事故直後における山腋車の停止位置は、証人山腋が指示する位置よりもさらに車道西側部分に寄つた位置であり、むしろ車体の相当部分は車道西側部分に位置しており、前記他の通行人らにより山腋車が移動させられる以前においても、乗用車程度の車両は車道東側部分を通行しえたということ、ただ大型のダンプ車が通りかかつた際、その運転者の要求により山腋車を更に車道西端に寄せることになつたというのであり、この証言によると、山腋証人の証言中、衝突直後の同人の車両の停止位置に関する部分や、その旨の指示説明に基づき前記「へ」字状のスリップ痕が山腋車の右前輪によつて印象されたものであるという証人今村博の証言部分は、必ずしも正確であるとはいいがたいように思われる(後掲鑑定人が指摘するとおり後車輪によつて印象されたものとみるべき余地がある)とともに、このことは、ひいては証人山腋のその余の証言部分の信用性にも疑問を投げかけるものである(なお、前記布目、片山らと相前後して衝突現場に通りかかつた証人篠原幸子の証言によれば、停止していた山腋車の左側すなわち車道東側部分は乗用車でも通行するのが無理のように思われたというのであり、この証言はむしろ山腋の証言に近い趣旨のものであるが、証人篠原の証言に比べると、前記片山らの証言は、具体的に記憶の根拠をあげるなどして供述しており、篠原の証言には十分な証拠価値を認めることができない)。

(b)  被告人の捜査官に対する各供述調書中の供述記載についても、被告人は当公判廷においては、右供述記載の信用性を争い、自分としては衝突現場にさしかかる際、車道右側部分にはみ出して進行した憶えはない旨、衝突地点も車道東側部分の点ではなく、西側部分内であり、山腋車の方で車道の中心をはみ出して進行してきたため衝突した旨供述するとともに、捜査官に対する供述調書の内容が前記のとおりの趣旨になつたいきさつについても、被告人としては捜査官に対しても公判廷で述べたとおりの弁解をしたが、警察官から「何をいつているのか、酒を飲んでいて」といわれたり、スピードもそれほど出ていなかつたと弁解すると「酒を飲んでいたから分からなかつたのだろう」といわれ、また「スピードが出ていたからカーブを切れなくてそれでぶつつけた(衝突した)のだろう」などといわれて弁解をとりあげて貰うことができなかつたからである旨、その事情を詳細に述べており、このことに照らすと、被告人の捜査官に対する供述記載内容についても全幅の信用性を認めがたいものがある。

(c)  のみならず、鑑定人深沢正一(北海道大学工学部教授)作成の鑑定書および同人の公判廷における証言によると、山腋運転の車両と被告人車とが、証人山腋の証言や被告人の捜査官に対する供述で述べられているような速度で、進行してきて見取図点で衝突したと仮定した場合、果たして被告人車が点まで押し戻されるかについては重大な疑問があるばかりでなく、被告人車のフロントガラスの散乱状況の位置からみても、点が衝突地点であるということについて同様の疑問がある。すなわち同鑑定人の見解によると、対向して進行してきた二つの車両が衝突した場合における両車の停止位置に関しては、各車両の重量と速度の相乗値から導き出される両車の運動量の相異を考慮しなければならないこと、ところで山腋証言や被告人の捜査官に対する供述などによると、衝突時における被告人車の車速は少くとも時速四五粁でその総重量は約一一四五瓩と算定され、他方、山腋車は時速約三〇粁で進行してきたが被告人車を発見して急ブレーキをかけたことなどを考慮して衝突時の車速は時速約一〇粁程度であり、その総重量は約一四六〇瓩と算定されること、従つて双方の運動量を比較すると被告人車の方が山腋車に比べて約3.5倍に達すること、このことを斟酌し、そのほか同所の道路が厚田方面から札幌方面に向つて約4.9%の上り勾配であつたことや、同鑑定人がこれまで経験した本件と類似の条件における衝突事故例にみられた衝突後における車両の関係位置に関する資料(勾配三%の下り坂で路面が凍つている状態でも約1.4メートル押し戻されただけである)などを考慮すると、被告人車と山腋車とが、前掲各供述に現われたような速度で進行してきて点で衝突したのに、被告人車が点から約四メートル以上もはなれた点まで傾斜に向つて逆行して押し戻され又ははねとばされるということはとうてい考えられないということ、また衝突車のフロントガラスが衝突により破損、散乱する場合、衝突地点における同車の前面から進行方向に向つて散乱するのが普通であり、従つて見取図点で衝突したのに被告人車のフロントガラス片が見取図記載の位置範囲に散乱することも考えられないというのである。同鑑定人の右見解について、検察官は種々の見地から反対尋問を試みているが、それが成功しているとは思われず、鑑定人の右見解は首肯するに足るように思われる。

(d)  本件衝突現場を始終車で往来している証人布目正安の証言などによると、自動車を運転して厚田方面から本件仮橋上の車道を進行し、左カーブを曲つて衝突現場に向う場合、同所の路面にカーブに適応したカント(横断勾配)がついていないことと、道路両側に設けられている欄干が障碍になつて進路前方に対する見通しが困難であることのため、運転者において余程の注意をしない限り、いつのまにか車道右側(西側)部分にはみ出して進行してしまう危険のあることが認められ(第六回公判調書中の鑑定人の証言参照)、山腋車においても右のような原因によつて車道右側部分にはみ出して進行してしまつたのでないかと疑うべき可能性があること。

以上(a)ないし(d)で考察したところを綜合すると、証人山腋、同井筒の各供述および被告人の搜査官に対する各供述のうち、両車が右各供述で述べられているような各速度で進行してきて車道東側部分内の見取図点付近で衝突したという趣旨の供述部分はとうてい信用しがたいものといわなければならず、このように重大な点で信用できないものを含む以上、右各供述のその他の部分、例えば被告人車が右衝突現場に到達する手前の左カーブを通過する際、車道中心から車道東側部分にはみ出しながら高速で進行してきたという趣旨の供述部分についてもにわかに信用しがたいものがあるといわなければならない。被告人が当時酒酔いのため正常な運転ができないおそれのある状態で運転していたことを考慮すると、衝突現場手前の左カーブの通過に際し果たしてカーブに押し流されることなく進行しえたかどうかについて深い疑問を抱かせるものがあり、対立する各証拠の信用性の検討に際しても、この点を十分斟酌したものであるが、証人山腋らの供述や被告人の捜査官に対する各供述に前述のような問題点がある以上、合理的疑いをさしはさむ余地のないほど確実な証明の要求される本手続においては、上記のような認定に到達するほかなく、その他これを左右すべき確実な証拠はない。

以上のとおりとすれば、本件衝突が、被告人において公訴事実記載の左カーブを進行する際、適宜減速のうえカーブに沿つて車道左側部分を進行すべき注意義務があるのに、これを怠り車道右側部分に車両を進出させたことにより生じたものと断定することはできないということになり、結局、本件業務上過失傷害の訴因について犯罪の証明は十分でないので、刑事訴訟法三三六条により無罪の言渡しをする。

(渡部保夫)

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